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研究交流

肝細胞増殖因子(HGF)の発見と肝細胞研究会

大工原 恭
鹿児島大学名誉教授

 肝臓がきわめて再生能力の高い臓器であることは古くから良く知られているが、この能力を初めて実験的に証明したのは、1931年のHigginsとAndersonによるラット部分肝切除法の確立である(文献1)。すなわち、彼らは、2/3の肝臓を切除されたラットの残存肝が2日後には約2倍に、1週間後にはほぼ元の大きさにまで再生されることを示したのである。この肝再生の機序は今もまだ完全には解明されていないが、1967年にMooltenとBucherが2匹のラットの血管系を結合する実験系(パラビオシス)を用いて、一方のラットが部分肝切除を受けると、そのパートナーである正常ラットの肝細胞増殖能も増加することを見出した(文献2)。この事実は、部分肝切除ラットの血漿中に体液性の肝再生促進因子が存在していることを示唆している。しかし、当時はこの肝再生促進因子の活性を測定する適当なin vitroの系がなかったため、その後の研究はほとんど進展しなかった。

 一方、1960年代後半から研究が始まったラットの初代培養肝細胞調製法は、その後多くの人達によって改良が加えられた結果(文献3)、1980年代に入ってこれが肝再生因子活性のin vitro測定系に応用されるようになり、主として米国と日本で、部分肝切除ラット血清から肝再生因子を精製する試みが始まった(文献4、5)。しかし、その部分精製標品の分子量は、12万以上の高分子、あるいは3,000以下の低分子と一定せず、本体は不明のままであった。これとは別に、Bucherらのグループはラットの血小板に肝細胞の増殖を促進する因子があることを発見し(文献6)、さらにその後彼らはこの血小板由来の因子を部分精製して、熱に不安定な分子量約65,000の既知の細胞増殖因子とは異なる因子であることを示した(文献7)。この結果は、現在知られているHGFの性質とよく似たものである。しかし、ヒトの血小板をラットのそれと同様に処理しても肝細胞の増殖を促進する活性は得られず、ヒトの体液中にそのような肝再生促進因子が存在するか否かについては1980年中頃までは全く不明であり、ヒトにはそのような因子はないとする意見がむしろ主流であった。

 このような背景の下に、私達(鹿児島大学歯学部口腔生化学講座)は医学部内科学第二講座(橋本修治教授)坪内博仁博士の肝臓グループと共に、「ラットにあるものはヒトにもあるはず」という単純な発想で、1984年からヒトHGFの共同研究を開始した。試料は種々の肝疾患患者血清、活性測定系はラットの初代培養肝細胞である。しかし、肝疾患患者血清のスクリーニングを始めて1年間程は期待するような結果は得られず、やはりヒトにはそのような因子はないのかとあきらめかけていた頃、偶然にも第二内科に緊急入院した劇症肝炎の患者さんがあり、その血清中に肝細胞のDNA合成を強く促進する因子があることを発見したのである。この結果は、丁度1985年に市原明先生が主宰された第一回初代培養肝細胞研究会(肝細胞研究会の前身、肝細胞研究会HP参照)で発表した。劇症肝炎は、70〜80%の肝細胞が急速に壊死に陥ることによる重篤な肝不全症であって、これは前述の2/3部分肝切除ラットに匹敵することから、このような状態で血清中にHGF活性が出現することは、後で考えれば当然のことではあったが、その当時は我々も含めて誰も全く気付かなかったことである。

 なお1980年中頃までは、この肝再生促進因子の名称が研究者によって異なるが、私達はBucherらのグループが最初に用いたHepatocyte Growth Factor (HGF)という名称を踏襲し、現在はこのHGF(邦名は肝細胞増殖因子)という名称が広く用いられている。

 当時のわが国では、劇症肝炎の治療法の一つに血漿交換が行われていた。そこで私達は、この血漿交換によって得られる劇症肝炎患者血漿からHGFの精製を試み、1986年に徳島で開かれた第二回初代培養肝細胞研究会でその一部を発表し、さらに同年の生化学会で精製標品の特性について報告した。すなわち、ヒトHGFは分子量約6万の重鎖と約3万の軽鎖がS-S結合した分子量約9万のヘテロダイマーであるというものである。一方、ほぼ同時期にNakamuraら(徳島大、のち九州大から大阪大)は、ラット血小板からHGFの精製に成功し、その分子量は約27,000のシングルペプチドであると発表した(文献8)。

 このようなヒトとラットHGFの相違についてはその後しばらく論争が続いたが、ウサギ血清からも私達が報告したヒトHGFとほぼ同様なサブユニット構造をもつHGFが精製されると共に(文献9)、Nakamuraらもラット血小板のHGFは分子量約9万のヘテロダイマーであると訂正する論文を発表し(文献10)、ようやく私達の主張が世の中に認められるようになった(文献11)。

 1989年の後半、ヒトHGF cDNAが二つのグループからほぼ同時に発表された。その一つは、私達が喜多村直美教授(関西医大、現東京工大)と三菱化学総合研究所(当時)との共同研究により、ヒト胎盤cDNA libraryからクローニングしたものであり(文献12)、もう一つは、Nakamuraらが東洋紡研究所との共同研究により、ヒト肝臓 cDNA libraryから得たとするものである(文献13)。しかし、Nakamuraらが発表したHGF cDNAを私達のものと比較すると、その塩基配列から推定されるHGFの1次構造は、総アミノ酸の数では728個と一致するものの、そのうち14個のアミノ酸残基に相違が見られる(詳細は、文献14の図3を参照されたい)。この相違の真の理由は明らかではないが、私達が発表したHGFの1次構造はその後四つの独立したグループから確認されている(煩雑になるので文献は挙げないが、詳細は文献14を参照されたい)。

 HGFは、肝細胞に特異的な増殖因子として研究が始まったものであるが、1991年に至り、HGFには多様な生物活性のあることが次々に明らかにされた。その一つは、HGFが細胞分散因子(Scatter Factor、SF)と同一タンパク質であるとの証明である(文献15)。さらに、HGFの受容体がcMetと呼ばれる原がん遺伝子産物であることも1991年に明らかになった(文献16、17)。従ってその後HGFは一つの受容体を介し、主として上皮系及び内皮系の細胞に対して増殖や分化機能の調節など、多種多様な生物活性を表現する広範囲・多機能型サイトカインとして認識されるようになったのである。

 HGFとSFが同一タンパクであることを示した上記の論文(文献15)は、それまで不明であったHGFの産生細胞が、主に線維芽細胞などの間葉系の細胞であることを明らかにしたことでも、HGF研究の発展に大きなインパクトを与えた。これにより、私達はHGFの産生誘導因子の一つがIL-1やTNF-αなどの炎症性サイトカインであることを初めて明らかにしたが(文献18)、その後も多くのHGF誘導あるいは抑制因子が明らかにされている(文献14)。

 以上、HGF発見の経緯から1993年頃までの研究の歴史を概説したが、このうち合田栄一助教授(現岡山大大学院医歯薬学総合研究科教授)、坪内博仁博士(現鹿児島大大学院医歯学総合研究科教授)と当時の第二内科坪内グループの昼夜に亘る努力の結果、1986年に劇症肝炎患者血清からのヒトHGFが精製に成功したことが最も大きな成果である(文献11)。またその後、故申貞均博士(大塚製薬)らによるHGF ELISAの開発(文献19)、喜多村直美教授(関西医大、現東工大)らによるHGF cDNAの分子クローニング(文献12)、菱田忠士博士、石井健久博士(三菱化成総合研究所、現三菱田辺製薬)らによる組換え体HGFの発現(文献20)、W. Birchmeier教授(Essen大、現ベルリンMDC分子医学研究所)らによる、HGFとSFが同一タンパクであることの証明(文献15)、P. M. Comoglio教授(Torino大)及びS. A. Aaronson(NIH)らによるHGF受容体の同定(文献16,17)、A. J. Strain博士(現Birmingham大教授)によるHGFのヒト肝細胞に対する生物活性の証明(文献21)、田村正人博士(現北海道大大学院歯学研究科教授)によるHGF産生誘導因子の発見(文献18)が、HGF研究の発展にそれぞれ大きなマイルストーンになっていることを付記しておきたい。また、私達のHGF研究の成果は、その都度肝細胞研究会の前身である初代培養肝細胞研究会で発表し、育てて頂いた。改めて同研究会にも感謝の意を表したい。

参考文献

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