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初代培養肝細胞研究会の歴史

市原 明
徳島大学名誉教授

多様で複雑な肝臓の機能を解明するのに機能を維持した培養肝細胞を使用する希望は誰でも感じる。しかし、従来、培養肝臓細胞として用いられた細胞は肝癌細胞か樹立株細胞であり殆ど肝臓機能を発現していないか、極く限られた機能しか維持していなかった。1969年BerryとFriendがネズミ肝臓をコラゲナーセで環流して多用な肝臓機能を維持した浮遊細胞を分離した。この細胞を培養する方法は直ちに試みられ吾々も1970年代にこの培養系でホルモンの応答や増殖因子の解明を試みた。大塚製薬の中島氏らの協力を得て日本に初代培養肝細胞の研究集会を組織しようと始めたのがこの研究会である。この為、最初からこの研究会は初代培養肝細胞に限定し、肝癌細胞や樹立株細胞は取り上げないこと、発表時間も20分程度は与え、出来るだけ討論を主体とすること、世話人も若い助教授クラスにお願いすること、大きな学会の様な役職や規則を決めない自由な雰囲気にすることなどを考えた。この種の定期的研究会は世界に今でも類を見ないと思う。

研究会 開催地 概要
第一回研究会 徳島 (主催者:市原、徳島大)、昭和60年(1985年)6月6、7日(以下開催は6月に決めたので省略する。また氏名も敬称は省略する)、出席者250名、演題数38。

付属国際集会(比叡山) 9月、 
海外参加者;J, Michalopoulos (米)、 JA, McGowan (米)、 C, Guguen-Guillouzo (仏)、JL, Byard (米)、A, Guillouzo (仏)、DM, Bissell (米)、K, Jungermann(独)、
日本発表者;合田(鹿児島)、中村(徳島)、野田(徳島)、宮崎(岡山)、立石(大阪)、畑(東京医歯)。
第二回 徳島 (市原) 昭和61年
第三回 岡山 (宮崎、佐藤、岡山大)
第四回 東京 (畑、医歯大、赤池、東工大、吉里、都大)
第五回 大阪 (立石、坂本、阪大)特別講演 N, Fausto(米)、前年より出席者は500名を超えシンポジウム、ポスターを加える様になり、ある程度の規則も必要となった。
第六回 久留米 (向坂、谷川、久医大)
第七回 札幌 (沢田、森、札医大)
第八回 東京 (野口、東大、有賀、日大)
第九回 徳島 (1993年) (市原、徳大) 特別講演;A, Strain(英)、市原が徳大を定年退職し大塚製薬も援助を打ち切るとの事でこれを機会にこの研究会を閉会することにした。この九年間にマトリゲルや三次元法が取り入れられ長期培養や立体構造との関係も発展し、胆管細胞や星細胞との混合系による相互作用も解明されてきた。また増殖ではHGFの構造が明らかになったし肝臓小細胞の増殖から幹細胞による再生研究にも繋がった。大きく肝臓学の発展に寄与したと思う。

その後この会を続けたい意向もあり鹿児島大の坪内、大工原氏らによりHGF研究会が始まり、新たに肝細胞研究会がスタートし今日に続いている。これとは別に藤原(埼玉医大)の肝再生研究会も始まった。これらについては夫々の世話人が説明されるであろう。永年ご援助賜った大塚製薬に感謝します。

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