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ホットトピックス

特定因子による皮膚細胞から肝細胞への直接変換

鈴木 淳史
九州大学 生体防御医学研究所 器官発生再生学分野
科学技術振興機構 さきがけ

はじめに

 通常、肝細胞は多くの転写因子の働きによって発生期に肝前駆細胞から分化するのが普通だが、稀に、障害を受けた膵臓の外分泌細胞や骨髄などに含まれる間葉系幹細胞から肝細胞が分化することがある(1, 2)。また、骨髄移植後に血液細胞が肝細胞と融合し、肝細胞として肝臓組織を構築することもある(3, 4)。これらの事象は、肝細胞以外の細胞を肝細胞に変化させる因子の存在を示唆しており、ある環境下ではそれらの因子が活性化して肝細胞以外の細胞を肝細胞に変化させていると考えられる。したがって、もし、このような肝細胞の運命決定因子を同定することができれば、それらを使って皮膚の線維芽細胞を肝細胞へと直接変化させることが可能になるかもしれない。そこで今回、我々は、肝細胞の運命決定を担う特定因子を同定し、線維芽細胞から肝細胞を直接作り出すことを試みた(5)。

1. 肝細胞の運命決定因子の探索とマウス胎仔線維芽細胞からのiHep細胞作製

 肝細胞の運命決定因子をスクリーニングするために、我々のこれまでの研究や他の公開データから、肝臓の発生過程において肝細胞の分化に関連する12個の転写因子を抽出した。レトロウイルスを用いてこれら12因子を同時にマウス胎仔線維芽細胞(MEF)に導入すると、肝細胞マーカーであるアルブミンやα-フェトプロテイン、及び、上皮細胞マーカーであるE-cadherinの発現が強く誘導された。そこで次に、12因子のうち必須の因子を抽出するために、12因子から1因子を除いたウイルスをそれぞれ用意して解析を行った。その結果、Hnf4αを除いたときのみ、肝細胞マーカーの発現誘導が強く阻害されることが判明した。そこで、Hnf4αとその他の1因子、計2因子をMEFに導入したところ、Hnf4α & Foxa1、Hnf4α & Foxa2、Hnf4α & Foxa3の3つの組み合わせにおいてのみ肝細胞マーカーや上皮細胞マーカーの発現が強く誘導された。さらに、これらの遺伝子セットを導入したMEFをコラーゲンや肝細胞増殖因子と共に培養すると、およそ1ヶ月後にはMEFが上皮様形態をもった細胞に変化することが明らかとなった。我々は、これらの上皮様細胞をiHep細胞(induced hepatocyte-like cells)と名付けた。

2. iHep細胞の性状解析

 MEFから作製されたiHep細胞は、そのほとんどがE-cadherin、アルブミンともに陽性であった。また、iHep細胞はグリコーゲンの蓄積や低比重リポタンパク質(LDL)の取り込み、アルブミンの分泌、アンモニア代謝と尿素合成、シトクロムP450活性、インドシアニングリーンの取り込みと排出、脂質代謝、薬物代謝などの肝細胞に特有の機能を有しており、肝細胞と同様に細胞間をタイトジャンクションで連結して毛細胆管を形成していた。さらに、iHep細胞は肝機能を発揮する一連の酵素群をコードする遺伝子も発現していた。以上から、iHep細胞は肝細胞のもつ形態的・機能的特徴を有することが明らかとなった。

3. iHep細胞による肝臓組織の再構築と肝機能補助

 肝機能不全で死に至る高チロシン血症モデルマウスの肝臓に対し、正常マウスから取得した肝細胞を移植すると、肝細胞は損傷を受けた肝臓組織を機能的に再構築し、マウスの命を救うことができる。そこで本研究では、iHep細胞を高チロシン血症モデルマウスの肝臓へ移植し、iHep細胞が肝細胞として機能するか否かを調べた。その結果、iHep細胞は損傷を受けた高チロシン血症モデルマウスの肝臓組織を再構築し、肝機能を補助することで、マウスの致死率を大幅に減少させることが可能であった。

4. iHep細胞を用いた遺伝子治療/組織再生モデル

 次に、iHep細胞を用いた治療モデルの可能性を検証すべく、高チロシン血症モデルマウスのMEFから作製したiHep細胞に対し、欠損遺伝子を導入して遺伝的な肝機能疾患の治療を行った。その後、これらの細胞を高チロシン血症モデルマウスの肝臓に移植したところ、移植した細胞は正常細胞と同じように損傷を受けた肝臓組織を再構築可能なことが判明した。この結果は、遺伝的な肝疾患をもつ患者自身の線維芽細胞を用いてiHep細胞を作製し、生体外における遺伝子治療を経てから肝臓へ移植することで、肝臓を機能的に再生させて治療することが可能な新しい治療モデルを提示しているといえる。

5. 成体マウス線維芽細胞からのiHep細胞作製

 以上に述べたように、我々はMEFからiHep細胞を作製することに成功したことから、続いて、成体マウスの皮膚から抽出した線維芽細胞(MDF)からもiHep細胞の作製を試みた。その結果、MEFと同様に、MDFに対してもHnf4αとFoxa(Foxa1、Foxa2、Foxa3のいずれかひとつ)を導入することで、肝細胞のもつ形態的・機能的特徴を有したiHep細胞を作製することができた。また、これらMDF由来iHep細胞は、高チロシン血症モデルマウスの肝臓へ移植後に損傷を受けた肝臓組織を再構築することも可能であった。

おわりに

 本研究では、たった2つの転写因子を線維芽細胞に発現させるだけで、人工多能性幹細胞(iPS細胞)を経由することなく、線維芽細胞から肝細胞を直接作製することに成功した(図1)。これら2つの転写因子は肝細胞の運命を決定する「マスター制御因子」と考えられ、肝細胞分化を促す複雑な転写因子ネットワークの根幹に位置するものと考えられる。2つの転写因子が細胞内でどのような変化を引き起こし、細胞の運命転換を誘導して肝細胞を作り出すのか、そのメカニズムは非常に興味深い。一方、本研究はヒトiHep細胞の作製に向けた基盤科学となることは言うまでもなく、ヒトでiHep細胞が作製されれば、肝疾患に対する細胞移植や人工肝臓への応用が期待できる。また、創薬研究において、薬の効果や毒性を評価するためのツールとしてiHep細胞が利用される可能性も十分に考えられる。

図1:皮膚の線維芽細胞から肝細胞を直接作製する方法(ダイレクトリプログラミング法)とiPS細胞を経て肝細胞を分化誘導する方法の概略図

 

〈文献〉

  1. Scarpelli, D.G. and Rao, M.S.: Differentiation of regenerating pancreatic cells into hepatocyte-like cells. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 78, 2577-2581, 1981.
  2. Lee, K.D. et al.: In vitro hepatic differentiation of human mesenchymal stem cells. Hepatology, 40, 1275-1284, 2004.
  3. Wang, X. et al.: Cell fusion is the principal source of bone-marrow-derived hepatocytes. Nature, 422, 897-901, 2003.
  4. Vassilopoulos, G. et al.: Transplanted bone marrow regenerates liver by cell fusion. Nature, 422, 901-904, 2003.
  5. Sekiya, S. and Suzuki, A.: Direct conversion of mouse fibroblasts to hepatocyte-like cells by defined factors. Nature, 475, 390–393, 2011.

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