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ホットトピックス

ES細胞を肝細胞に分化させる研究の現状と将来展望

寺岡 弘文
東京医科歯科大学難治疾患研究所病態生化学分野

肝臓系の細胞から肝細胞を分化・増幅させるのでなく、非肝臓源(ES細胞、臍帯血など)から肝細胞を分化誘導し、その臨床応用までを計画したのが、20世紀末。早いもので10年近くが経過しようとしている。1996年秋、米国に短期間の研究に出向いた折、DNA二重鎖切断修復とV(D)J組換えに必須の因子であるKuタンパク質のノックアウトES細胞を用いた実験に手を染める機会があり、マウスES細胞はフィーダー細胞なしでも簡便に未分化維持培養が可能なことを知った。かって、ラット再生肝を用いたDNA合成機構の研究をしていたことや、肝臓は最大且つ複雑・重要な実質臓器であり、日本を含む東アジアで肝疾患患者が多いことからも、ターゲットは勿論肝臓であった。2000年春から、本格的にES細胞から肝細胞系譜への分化誘導の研究を開始したが、最近のヒトiPS細胞株の樹立によって(文献1)、ES細胞も含めた万能幹細胞から肝細胞様細胞(hepatocyte-like cell = HLC) に分化誘導・増幅させて、肝移植に替わる、あるいはそれを補完する肝細胞移植に利用できる可能性が高まってきた。そこで、ES細胞からHLCへの我々の研究結果を中心に現状を概説すると共に、今後の展望についても私見を述べたい。

まず、2001年に寺田(現、フロリダ大)らが、マウスES細胞から胚様体を懸滴法にて形成させて培養すると、肝関連遺伝子が発現することを初めて報告した(文献2)。翌年我々は、マウスES細胞由来胚様体を接着培養することによって、アルブミンや尿素合成能を有する機能的HLCがES細胞から誘導できることと、肝に障害を与えた雌マウスに移植するとES細胞(♂)由来HLCが肝臓に生着することを証明した(文献3)。しかし、胚様体は三胚葉系の多種多様な細胞を含むため、全体に占めるHLCの割合は少なく、培養条件を工夫しても大きな改善は望めなかった。さらに、接着培養胚様体中には奇形腫を形成する未分化細胞も長期に亘って存在していた(文献4)。その中で、田川(現、東工大)らは、拍動する心筋細胞への分化能の高いES細胞サブクローンを選択して、胚様体内のHLCの割合が比較的高く、しかも血管系細胞ネットワークと近接している結果を報告している(文献5)。血管内皮細胞増殖因子(VEGF)によって、胚様体中のHLCの増殖と機能が亢進するとの我々の最近の報告(文献6)からも、肝実質細胞の誘導・機能維持において血管系細胞との相互作用の重要性が窺える。

肝細胞誘導に関わる様々な因子を加えた単層培養系でのHLC誘導も工夫されている。その中で、胚発生における内胚葉系の細胞への分化を模倣した誘導系が考えられ、TGF-βシグナル系にかかわるNodalが注目された。しかし、組換え体Nodalは活性が低く分解され易いため、受容体を共用するActivin Aが用いられている。Activin Aを添加したES細胞の無血清/単層培養によって、中内胚葉系や内胚葉系への分化が報告された(文献7, 8)。ヒトES細胞でも、Activin Aを添加した低血清/単層培養によって内胚葉系へ高効率に分化誘導されている(文献9)。我々は、マウスES細胞の無血清/単層培養系において、Activin Aを4日間、次にFGF2/HGF/EGFを4日間加えて培養すると、分化した細胞の約20%を肝芽細胞様細胞が占めることを、マウス胎仔肝へのex utero移植法と共に発表している(文献10)。成熟肝細胞は増殖能が低いことから、このような肝前駆細胞の利用が望ましい。肝前駆(幹)細胞としては、肝障害時に出現するオーバル細胞、成熟肝に存在する小型肝細胞、胎仔肝の肝芽細胞が知られているが、表面マーカーや発現遺伝子の特異性などについて、現在精力的に研究が展開されている。

諸外国に比べて、日本でのヒトES細胞の使用では二重審査をはじめとしてその規制は極めて厳しく、研究の停滞は覆うべくもない。日本再生医療学会から「ヒトES細胞研究の規制緩和に関する声明」が発せられるが(2008年3月14日)、ヒトiPS細胞も同じような規制を受けることが危惧される。我々は、国産ヒトES細胞の使用を目指して、当初ヒトES細胞研究には必須と言われていた同じ霊長類であるサルES細胞を用いたが、マウスと比べて、霊長類のES細胞は性質も異なり、培養も格段に難しい。カニクイザルES細胞は、胚様体経由でも単層培養でもHLCに分化誘導可能であったが、慢性肝障害モデルとも考えられるAlb-uPA/SCIDマウスへの移植実験では、サルHLCはマウス肝細胞と融合し、サルアルブミンを産生することが確認された(文献11)。
 
我々は、末梢血系の細胞からヒトiPS細胞を(しかも可能ならば必要に応じて “My iPS cell”を)樹立し、ES細胞と同じように肝(前駆)細胞の誘導を試みる予定である。 “My iPS cell”を用いれば、中胚葉や外胚葉系も含めて様々な細胞への分化誘導が可能であることから、生命倫理問題も少なく、免疫拒絶の心配がない夢の再生医療が広く実現するであろう。しかし、iPS細胞はあくまで人工の細胞である。常にES細胞との比較が必要であり、ゲノム・エピゲノム不安定性やがん化なども、研究・克服すべき共通の重要課題である。

本稿に関連する英文総説 (12)とBook chapter (13)を引用文献に加えましたが、請求頂ければコピーをお送り致します。
最後になりますが、本稿を書く機会を与えて下さいました肝細胞研究会代表世話人の吉里勝利先生、ならびに学内外の共同研究者の方々に、この場を借りて厚く御礼申し上げます。

引用文献

  1. Takahashi K et al. (2007) Induction of pluripotent stem cells from adult human fibroblasts by defined factors. Cell 131: 861-872.
  2. Hamazaki T et al. (2001) Hepatic maturation in differentiating embryonic stem cells in vitro. FEBS Lett 497: 15-19.
  3. Chinzei R et al. (2002) Embryoid-body cells derived from a mouse embryonic stem cell line show differentiation into functional hepatocytes. Hepatology 36: 22-29.
  4. Kumashiro Y et al. (2005) Enrichment of hepatocytes differentiated from mouse embryonic stem cells as a transplantable source. Transplantation 79: 550-557.
  5. Ogawa S et al. (2005) Crucial roles of mesodermal cell lineages in a murine embryonic stem cell-derived in vitro liver organogenesis system. Stem Cells 23: 903-913.
  6. Fujimori H et al. (2008) VEGF promotes proliferation and function of hepatocyte-like cells in embryoid bodies formed from mouse embryonic stem cells. J Hepatol 48: in press.
  7. Tada S et al. (2005) Characterization of mesendoderm: a dividing point of the definitive endoderm and mesoderm in embryonic stem cell differentiation culture. Development 132: 4363-4374.
  8. Yasunaga M et al. (2005) Induction and monitoring of difinitive and visceral endoderm differentiation of mouse ES cells. Nat Biotech 23: 1542-1550.
  9. D’Amour KA et al. (2005) Efficient differentiation of human embryonic stem cells to definitive endoderm. Nat Biotech 23: 1534-1541.
  10. 鹿内ら (2007) Ex utero法を用いたマウス胎仔肝臓への肝前駆細胞の移植、シンポジウム2:肝幹細胞研究の現状と展望、第14回肝細胞研究会プログラム・要旨集 p.35
  11. Okamura K et al. (2006) Generation of hybrid hepatocytes by cell fusion from monkey embryoid body cells in the injured mouse liver. Histochem Cell Biol 125: 247-257.
  12. Asahina K, Teramoto K, Teraoka H (2006) Embryonic stem cells: hepatic differentiation and regenerative medicine for the treatment of liver disease. Current Stem Cell Research and Therapy 1: 139-156.
  13. Asahina K, Teramoto K, Arii S, Teraoka H (2007) Transplantation of embryonic stem cell-derived hepatocytes and risk of teratoma formation. in STEM CELLS AND CANCER, (ed. by Parsons DW), Nova Publishers, pp. 1-22.

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