HOME > 研究会概要 > 研究会活動紹介 > 原点回帰 -第26回肝細胞研究会を開催して-

研究会概要

原点回帰 -第26回肝細胞研究会を開催して-

東海大学医学部先端医療科学
同 大学院マトリックス医学生物学センター
稲垣 豊

金沢市の中心部からほど近い、加賀前田家の歴代藩主が眠る野田山に、東香山 大乘寺があります。曹洞宗大本山として知られる永平寺(福井県)の第3代・徹通禅師による正応二年(1289)の開山で、大乘寺第二代の蛍山禅師は後に大本山總持寺(石川県、1911年に横浜市鶴見に移転)を開くなど、曹洞宗の両大本山と特別の由緒を持つ寺院と言えます。夏には緑の樹木が鬱蒼と繁り、冬になると一面を雪が覆います。禅寺という修行の場であり、観光地化されていないので、多少とも日本通を自認する海外からのお客さんをお連れすると、その静寂感と厳粛な趣にたいへん喜んでもらえます。

この度の第26回肝細胞研究会をお世話するにあたり、研究会のテーマとして掲げた「原点回帰」の揮毫を現在の第72世山主である東 隆眞先生(元 駒沢女子大学学長)にお願いしました。東先生にご快諾頂いた後に改めてこの四字熟語の持つ意味を考えると、キリストへの回帰を目指したルターの宗教改革に代表されるように、少なからずキリスト教色を帯びた言葉であることに気づきました。東先生は、それを気に留めるでもなく、それぞれに趣の異なる5通りの「原点回帰」をお書き下さり、そのうち1つをポスターに使わせて頂きました。小生は熱心な仏教徒ではありませんが、世界中で宗教対立が多くの戦争を生み出している中で、価値観の多様性を尊重して他者を受け入れる仏教の懐の深さが、日本人の精神構造に深く根づいていることに気づきました。しばらく経ってから、東先生が今、宗教、民族、国籍、性別を問わず、世界平和を実現するシンボルとして大乘寺に世界平和仏舎利塔の建立を計画していることを知りました。

サイエンスにおいても多様性はきわめて重要であり、それにより学問の幅が拡がると同時に結果的に深みも増します。わが国の肝臓学、とりわけ臨床肝臓病学の分野では、長年の問題であったC型肝炎ウイルスの制御に一定の道筋が付き、次に目指すべき方向性をさかんに模索しているようにも見受けられます。このような時こそ、肝臓という体内最大の臓器が有する多彩な機能と、その破綻がもたらす複雑な病態を多角的に掘り下げて、学問として進化させる絶好の機会であると捉えることができます。その際に重要なことは、医学的あるいは生物学的アプローチのみでは自ずと限界があり、薬学や理工学などの諸分野と積極的に連携して新しい視点を取り入れていかなければ、学問の進歩など到底望めないということでしょう。また、日頃は細胞や遺伝子を研究対象とされている基礎研究者の方々にとっても、臨床の現場で今、何が問題になっているかを知ることは、新しい着想をもたらす絶好の機会であると言えます。

基礎から臨床まで幅広い領域の研究者が自由闊達な意見交換を行う場として発展してきた肝細胞研究会は、今では少なくなった基礎と臨床の研究者が真摯に向き合う学問の場であり、その重要性は今後いっそう増すものと思われます。そのような視点から、今回の研究会ではさまざまな関連分野をリードする先生方に、特別講演、招待講演、教育講演、シンポジウムでの基調講演、さらにはランチョンセミナーのご講演をお願いしました。いずれの先生からもご快諾を賜り、当日は素晴らしいお話を聞かせて頂きました。これによって、会員の先生方のご研究に新たな展開がもたらされ、また共同研究に発展するようなことがあれば、主催者としては望外の喜びです。

さて、今回のテーマである「原点回帰」が意味するところは、プログラム抄録集の冒頭に記載し、研究会当日の開会挨拶でも触れさせて頂きました。1つは上述したように肝臓学研究の原点への回帰、もう1つは社会情勢の不透明化や目先の成果を求める風潮により何となく元気さを失っている若手および中堅の研究者に学問本来の面白さを再認識してほしいという願いですが、実は「原点回帰」には3番目として、さらにもう1つの思いを託しました。小生は、臨床の大学院で肝再生をテーマにIGF-1やEGFの研究を行い、医学博士を取得しました。その後、国立がんセンター研究所やマウントサイナイ医科大学に留学する中でコラーゲン遺伝子の転写調節から肝線維化研究へと進みました。その後もよい指導者に恵まれ、この分野である程度の成果を残せたこともあり、肝線維化研究に携わる者として講演や執筆等の機会を与えて頂いていることは、たいへん有難いことです。一方で、小生の中では最初の研究テーマとしての肝再生がいつも大きなウェイトを占めていました。ここ数年は、優秀な研究員に恵まれて線維肝の再生に取り組んでいますが、今回の研究会をお世話させて頂いたことを契機に自分の研究についてもう一度見つめ直してみたかったという全く個人的な理由を吐露して、この拙文を終えたいと思います。

末筆になりますが、この度の研究会開催にあたり有形無形のご支援を賜った方々やご参加頂いた全ての先生方に改めて御礼を申し上げるとともに、先生方のご研究の発展を心から祈念いたします。

▲ページの先頭へ