研究交流
Fontan術後関連肝疾患に合併する肝細胞癌の特徴
山添太士 考藤達哉
国立健康危機管理研究機構 国立国際医療研究所 肝炎・免疫研究センター 肝疾患研究部
はじめに
Fontan術は単心室症候群などの先天性心疾患に対する姑息治療であり、一つしかない機能的な心室に体循環を担わせ、肺循環は受動的な供給によってのみ維持されるFontan循環を段階的に構築する。近年の周術期管理の進歩によって多くの患者が成人期に到達するようになった一方で、遠隔期合併症としてFontan術後関連肝疾患(Fontan-associated liver disease: FALD)が重要な課題となっている。FALDはFontan循環に伴う慢性的な静脈うっ血や低心拍出状態を背景に進行し、線維化、肝硬変、さらには肝細胞癌(hepatocellular carcinoma: HCC)の発症につながることが知られている(1)。
本邦全国調査では約40%がFALDと診断されているが、何らかの肝障害を有する患者はさらに多いと考えられている(2)。FALD患者におけるHCC発症は生命予後を大きく規定するため、その早期発見は極めて重要である。術後10年以上経過した症例では定期的な腹部超音波検査や腫瘍マーカー測定が推奨されており、15〜20年以降ではより慎重なサーベイランスが必要とされる(3)。しかしFALDにおける線維化評価や肝硬変診断は確立しておらず、発癌機構についても十分に解明されていなかった。
こうした背景のもと、近年、FALD-HCCに対する全ゲノム解析とトランスクリプトーム解析を実施し、その分子基盤に関する新たな知見を報告した(4)。本稿ではその成果を中心に、FALD-HCCの特徴(図1)について概説する。

FALD-HCCの臨床病理学的特徴
われわれはFALD-HCC 10例、非Fontan先天性心疾患術後HCC 2例、およびFALDに発症した良性腫瘍の一つである限局性結節性過形成(focal nodular hyperplasia: FNH)1例を対象に網羅的解析を行った。FALD-HCC症例ではFontan手術からHCC発症時の年齢は中央値29.8歳と20〜40歳代が中心であり一般的なHCCと比較して若年発症であり、術後20年以上を経過した長期生存例で発癌リスクが顕在化することを示している。
病理学的には低分化成分を有する症例が多く、一部では混合型肝癌(combined hepatocellular-cholangiocarcinoma)も認められた。またAFPは高値を示し、既存のウイルス性肝癌や代謝性肝癌とは異なる特徴を有していた。
FALD-HCCに特徴的なゲノム異常
全ゲノム解析の結果、FALD-HCCの総変異量(tumor mutational burden)は一般的なHCCと大きな差を認めなかった。しかしその質的特徴は大きく異なっていた。一般的なHCC とくらべFALD-HCCでは挿入欠失変異(indel)が多く、またコピー数異常(copy number alteration: CNA)および構造異常(structural variant: SV)、特に欠失変異や転座が高頻度に認められた。
さらに変異塩基の置換パターンにより遺伝子変異の原因を類推する変異シグネチャー解析によると、FALD-HCCはDNA二本鎖切断修復異常との関連が示唆された(5)。Fontan循環では慢性的な低酸素状態や静脈うっ血に伴う酸化ストレスが持続すると考えられており、こうした環境がDNA二本鎖切断を誘導し、結果として染色体レベルの異常を蓄積させる可能性が示された。これらの変異蓄積は非Fontan先天性心疾患手術でも認められ先天性心疾患術後に共通する障害である可能性もある。
一方、一般的HCCで高頻度に認められるTP53変異やCTNNB1変異、TERTプロモーター変異はほとんど認められなかった。代わってAXIN1異常が比較的高頻度に検出されており、FALD-HCCでは従来とは異なる発癌経路が関与している可能性が示唆された。さらに1q増幅や16q欠失といった染色体異常も特徴的であった。これらの知見から、FALD-HCCでは酸化ストレスに起因するDNA損傷と染色体構造異常が発癌の主要な推進因子となっている可能性が考えられる。
転写プロファイルからみたFALD-HCC
興味深いことに、FALD-HCCは一般的なHCCとは異なる発癌過程を経る可能性が示唆されたにもかかわらず、腫瘍として成立した後の性質は、既に他の成因のHCCで報告されている高悪性度群と共通していた。分子サブタイプ解析は、ウイルス性、アルコール性、代謝機能障害関連脂肪肝疾患(MASLD)などを背景とするHCCを、遺伝子発現や病理学的特徴に基づいて分類する手法である(6)。本研究では、多くのFALD-HCCが既存の分類体系に組み込むことが可能であり、その多くが予後不良群に分類された。この予後不良群は一般に高AFP血症、低分化組織像、高い増殖能と関連することが知られており、本研究症例の臨床病理学的特徴ともよく一致していた。すなわち、FALD-HCCは特殊な背景肝から発生する一方、腫瘍としては生物学的悪性度の高いHCCとして振る舞う可能性が示された。
転写プロファイル解析では、治療標的候補となるシグナル経路の探索も行った。その結果、FGFR2、FGFR3、HIF1Aなど癌関連経路の活性化が認められた。これらは現在HCCに対して用いられている、あるいは開発が進められている分子標的治療との関連が期待される経路であり、FALD-HCCにおいても治療標的となる可能性がある。
一方、腫瘍微小環境における免疫浸潤解析では、一部の症例では免疫細胞浸潤に乏しい“immune-cold”な特徴を示したが、比較的免疫細胞浸潤の保たれた症例も認められた。近年、HCC治療では免疫チェックポイント阻害薬が重要な役割を果たしているものの、本研究の結果からはFALD-HCCを一様に評価することは難しく、各症例の腫瘍微小環境を考慮した治療選択が必要である可能性が示唆された。
さらに、今回同定されたFGFRシグナルや低酸素応答関連経路は、腫瘍のみならずFontan循環そのものの病態とも関連している可能性がある。そのため、分子標的治療の有効性を検証する上でも、今後さらなる症例の集積と分子病態の解明が求められる。
おわりに
FALD-HCCはFontan術後患者の長期予後を規定する重要な合併症である。本研究は世界で初めてFALD-HCCの全ゲノム・トランスクリプトーム解析を実施し、従来のHCCとは異なる発癌過程を有する可能性を示した。特に酸化ストレスに伴うDNA二本鎖切断、コピー数異常、構造異常の蓄積はFALD-HCCの病態理解に重要な手掛かりとなる。さらに転写プロファイルからは予後不良型かつ免疫浸潤の少ない腫瘍像が明らかとなった。今後はより大規模なコホートによる検証を進めるとともに、これらの分子知見を早期診断や個別化治療へ結び付ける研究が期待される。
参考文献
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