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代表世話人あいさつ

佐々木 裕
 (前 熊本大学大学院消化器内科学、 現 大阪中央病院)

まず初めに、代表世話人退任後数年を経過してからのご挨拶であることを申し述べます。

肝細胞研究会は初代培養肝細胞研究会を引きつぎ1994年に設立され、2000年に当時の代表世話人であった藤原研二先生が中心となって、会則が改定されています。その中には目的として、肝実質細胞及び肝非実質細胞の構造と機能、肝幹細胞及び肝の発生と分化、肝疾患と肝構成細胞の病態生理、肝疾患に対する治療法の確立が謳われていますが、その理念は現在にも引き継がれています。実際に2025年現在のホームページ上の研究会概要でも、肝細胞や肝幹細胞の分化・増殖を制御する培養系に関する斬新な基礎研究が細胞移植や人工肝臓による肝疾患治療への臨床応用に繋がり、ヒト肝細胞のキメラ動物の開発が創薬に向けた重要な基盤を案出していること、また、臨床研究者からは臨床現場で求められている夢を基礎研究者に投げかけ、あるいは臨床から見た基礎研究の方向性について積極的に意見がだされ、両者が協力して新たな課題を構築し推進する場となっていると紹介されています。基礎系研究者と臨床系研究者からなるバランスのとれた会員構成が、このような基礎から臨床にまたがる研究内容を網羅することを可能にしています。

さて肝病態の形成、とりわけ再生や線維化には、肝実質細胞(肝細胞)と非実質細胞間や非実質細胞同士の細胞間相互作用(クロストーク)が関与することが明らかになっています(J Hepatol. 2016 (65) 608-617, https://doi.org/10.1186/s12964-022-00918-z, Cell Commun Signaling. 2022, 20:117, https://doi.org/10.1186/s12964-022-00918-z)。 例えば、肝類洞内皮細胞(LSEC)は、肝細胞の酸素化や門脈血流中の物質の取り込みに関与しますが、再生過程では肝細胞より分泌されるVEGF1、CXCL12の作用で骨髄から動員されたBM-SPC (LSECの前駆細胞)が、HGFやWnt蛋白を分泌することで肝細胞を増殖させます。このように肝細胞と非実質細胞とのクロストークは肝再生の促進に働きます。また非実質細胞間のクロストークも重要で、LSECより分泌されるPDGF, TGFβなどは肝星細胞(HSC)を近傍に動員し、その結果、活性化されたHSCはVEGFをLSECに対して分泌することで、肝再生に必要な血管の再構築を促します。さらに肝線維化についても細胞間相互作用の重要性が明らかにされています。具体的には、様々な要因で肝障害が惹起された場合、LSECに毛細血管化という形質変化が起こり、その後、fibronectinを分泌することでHSCを活性化し、コラーゲン産生を増強します。また、壊死に陥った肝細胞を取り込むことでHSCやKupffer細胞は活性化し、コラーゲンや細胞外マトリックスの産生と類洞への蓄積を増強させ、その結果、LSECの毛細血管化を助長するという悪循環に結び付きます。加えて線維化に伴う肝発癌には、活性化HSCとそれより派生した筋線維芽細胞と、前癌状態の肝細胞や肝癌細胞とのクロストークが関与しています。このように肝再生や肝病態形成には、肝臓の構成細胞間のクロストークが極めて重要であることが明らかになっています。

このような細胞間相互作用については、これまでは2次元共培養を用いた解析が行われてきましたが、最も重要なlimitationは、肝臓を構成する実質細胞、非実質細胞間の時空間的なクロストークが反映されないことにあります。また動物モデルを用いた解析では、再現性や種差による差異が問題となります。このような問題点を克服する意味で、近年、生体模倣システム(Microphysiological system)としての肝臓チップ(Liver-on-a-chip, LiOC)が注目されています(本ホームページの研究交流の項に、小島伸彦先生がご寄稿されているのでご覧ください)。ヒト健常者iPS細胞由来、あるいは患者iPS細胞由来の肝細胞や非実質細胞をmicrofluidic chipに充填することで、肝臓特異的な立体構造や機能を再現することが可能となり、NAFLDなどの疾患モデルの確立や薬剤の開発や毒性評価にも応用されつつあります。さらに、肝臓の構成細胞間のクロストークがどのようにシグナル伝達を活性化し、肝線維化や肝再生に関与するかの解析にも応用できるものと期待されています(Biomedicines. 2025, 13 (6),1272; https://doi.org/10.3390/biomedicines13061272)。一方、ラットやブタの肝臓を脱細胞化したうえで、ヒトiPS細胞より分化させた肝細胞や非実質細胞を注入して作製するバイオ人工肝臓の研究も進歩しています。もともとは生体肝移植に必要なドナー肝の不足を解消するための臓器再生医療を目指した研究ですが(Cell Rep. 2020 Jun 2;31(9):107711.doi: 10.1016/j.celrep.2020.107711, Am J Transplant. 2022 Mar;22(3):731-744.doi: 10.1111/ajt.16928)、このようなLiOCやバイオ人工肝臓を積極的に研究のツールとして導入することで、肝臓の構成細胞間のクロストークという観点からの肝病態の解析がさらに進んでいくものと思います。

臨床系の研究者が"より興味を持つテーマ"は、まさにこの肝病態です。その理由として、肝病態の解明が、診断法や治療法の開発に結び付く可能性があることが挙げられます。これまでの研究会年次総会のプログラムを見直しますと、基礎系の先生が会長を担当される時には、肝細胞の分化・増殖に関する研究が取り上げられていることが多く、他方、臨床系の会長の場合には、肝病態に関連する主題テーマが多い傾向にあります。今後は会長を担当される先生のご専門にかかわらず、肝臓の構成細胞間にクロストーク、さらに免疫系の肝病態への関与についても積極的に取り上げていただき、議論を深めるとともに本研究会から新たな情報が国内外に発信されることを期待します。

本年2025年7月の第32回肝細胞研究会を開催される坂本直哉先生が、第39回肝類洞壁細胞研究会学術集会の会長も兼任されることになり、会期も1日間オーバーラップして開催されます。これを機に2つの研究会の間で人的・学問的交流が盛んになり、肝臓の実質細胞、非実質細胞、免疫担当細胞などの細胞間相互作用を介した肝病態のさらなる解明に結び付くことを願っています。

最後に、本研究会の名称について触れたいと思います。初代培養肝細胞研究会が本研究会へと名称が変更されましたが、これにはその当時の細胞工学的手法の進歩が影響していたものと思います。近年、解剖学的・機能的に肝臓を反映するLiOCやバイオ人工肝臓などの新規手法が導入されることを鑑み、また肝臓の構成細胞の多様性や時空間的連関に焦点が当たる時代になったことを考慮しますと、肝細胞研究会という名称を再考する時期に差し掛かっているのではないかと考えます。昔から「名は体を表す」という表現がありますが、我々は肝細胞に限定することなく非実質細胞や免疫担当細胞との細胞間相互作用を踏まえた肝病態の解明にも取り組んでおり、今後もそのような方向性で研究の発展が期待されます。また、これから肝臓研究に進む若手の基礎系、臨床系の研究者にとって、本研究会が肝細胞に限定しているというイメージをもたれると、入会されることも敬遠される懸念もあります。どのような名称が最も適切か、attractiveかは私自身わかりませんし、また関連する研究会との有機的な連携が今後、研究会の名称に影響するかもしれませんが、将来を見据えて世話人の先生方に名称に関する議論もしていただければと思います。

本邦における肝臓の基礎的研究の中核をなす本研究会が、今後、名称の変更も含めてさらに発展していくことを祈念し、歴代代表世話人の一人としての所感を終えたいと思います。

令和7年6月

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