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ホットトピックス

平成19年11月20日

新しい肝臓再生開始停止因子ー胆汁酸ー

和氣健二郎
東京医科歯科大学名誉教授、 (株)ミノファーゲン製薬顧問

肝臓の再生因子として、現在まで十指に余る成長因子やサイトカインが報告されてきた。そのうち1984年に中村敏一らによって発見されたHGFはもっともよく研究された再生因子である。2/3肝部分切除(HP)後12時間で、残余肝にHGFmRNAが発現しはじめ、24時間後に最大レベルに達する。HGFはKupffer細胞と類洞内皮細胞から放出され、肝実質細胞の細胞膜にある受容体を介して細胞増殖を起こさせる。その細胞内伝達機構も明らかにされている。しかし肝再生のinitiationや再生終了時点で増殖を止める機構は依然として不明のままであった。

「その主役は胆汁酸である」という思いもよらない報告が、2006年4月14日発行のScience 誌(312:233-236)に掲載された。報告者はべイラー大学分子生物学教室のDr. Moorのグループである。

その報告の内容を紹介する前に、胆汁酸の代謝と働きについて復習しておこう。胆汁酸は肝臓でコレステロールから合成される。胆汁酸にはいくつかの種類があり、代表的なものはコール酸である。胆汁酸は胆汁の主成分で、十二指腸に放出され不溶性の脂質を可溶化して吸収されやすくする。胆汁酸は再吸収され、いわゆる「腸肝循環」を行う。胆汁酸の腸からの吸収量はヒトで20-30g/dayで、吸収されないものは0.5-1.0g/dayである。胆汁酸の一部は腸内細菌によって還元され、デオキシコール酸を生成する。胆汁酸には毒性があり、一定レベル以上に増加するとアポトーシスやネクローシスを起こす。陰イオン交換樹脂を用いて腸内コール酸を吸着させると、吸収されずに糞便に排出される。

今回著者らが、肝再生に胆汁酸が関与するのではないかと考えた理由は、次の通りである。(1) 2個体の動物のparabiosisで、一方に肝部分切除(PH)を施すと、他方の肝臓も肥大するので、液性因子の関与が考えられる(Moolton and Bucher, 1967)。(2) ある種の核内受容体のアゴニストが強力な肝細胞増殖因子である(Columbano and Columbano, 2003)。(3) 胆汁酸が核内受容体を活性化させる (Zhang et al.2004)。(4) 胆汁酸の腸肝循環障害が肝再生を抑制する (Ueda et al. 2002)。以上の報告から,著者らは胆汁酸をターゲットにして実験し、以下の結果を得た。

毒性を示さない程度の0.2%コール酸を含む餌をマウスに5日間与えると、肝臓は対照より30%大きくなり、8N細胞が2倍以上増加し(通常肝細胞は4Nが多い)、BrdU陽性細胞も増加してDNA合成の亢進が認められた。つぎに胆汁酸によるPH後の再生効果を検討するため、0.2%コール酸を含む餌を5日間与えた群、樹脂により胆汁酸の再吸収を抑制した群、およびコントロール群を比較した結果、前者が肝再生を有為に促進させた。しかし核内受容体(FXR)のノックアウトマウス(FXR-/-)では差はみられなかった。またFXR-/-ではPH後の初期再生が強く抑制されたが、後期には比較的急速に再生がみられた。また野生型では血中の胆汁酸レベルはほぼ一定であったが、肝臓内の胆汁酸レベルは僅かに低下していた。それはPHに反応して肝臓からの胆汁酸の放出が増加するためと考えられる。またFXR-/-マウスでは術後血中、および肝臓内胆汁酸レベルは1日後に急上昇し、7日目に低下した。これはFXR-/-マウスでは胆汁酸の合成誘導機構が閉じられ、ホメオスターシス機構が欠落したことを示唆した。しかしFXR-/-マウスでも他の成長因子による再生は影響されなかった。

以上の結果からPHによって肝細胞が欠落した結果、残った肝細胞当りに作用する胆汁酸量が増加し、核内受容体を活性化させ、細胞増殖を惹起させること、それによって肝臓を胆汁酸の毒性から保護し、且つ胆汁酸の付加を調節していること、さらに肝臓が再生して元の大きさに回復すると、胆汁酸による細胞増殖作用は消失し再生が停止する、としている。

以上の報告は従来の各種再生因子では説明がつかなかった肝再生のinitiation と終了の機構を、腸肝循環により常に一定に保たれている胆汁酸の残存肝細胞に対する量から説明したものである。例えば2/3PHならば残った1/3残存肝の1細胞当りに作用する胆汁酸量は正常時の3倍になる。それによる毒性を、細胞数を増加させることによって回避させるという肝再生の新しい意味を提唱した。今後胆汁酸が他の再生因子の合成にどのように関係するかなど、興味深い研究が待たれる。この研究は生物体が本来持っているホメオスーシス機構の鮮やかさを再認識させてくれる。

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